第一話
「startin'」

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授業終了を知らせる鐘の音が、高らかに校内を響き渡る。

「休みの前の日ということもあって、生徒達の会話の多くは何処に行く、といったようなものばかりであった。

ここにも、その例外に漏れない生徒が二人。

「ね、舜夜。約束覚えてるでしょ?明日はちゃんと買い物付き合ってね。」

「あぁ分かってるよ。たまには我儘なお姫さまに付き合ってやるさ。」

軽く溜息をつきながら皮肉げに返す舜夜に対し、奏はさして気にするふうでもなく再び質問する。

「ハイハイ、どうせ私は我儘ですよーだ。あ、ところで今日何か用事ある?よかったら遊ばない?」

「ん?あー…」

少し悩む素振りを見せた後、苦笑する。

「悪い、今日は親父と少し約束があるんだよ。だからまた明日な」

「そっか、じゃあ明日楽しみにしてるね。」

ひらひらと手を振りながら、奏は自分の席に戻っていった。すでに担任の野崎氏は終礼を始めようと教卓の前に立っている。




 終礼も終わり、校門の周りには帰宅中の生徒達の姿ばかりが見える。そも帰宅部ばかりの生徒達のなかに舜夜はいた。

中学までは剣道部に所属していたのだが、高校に入学するとすっかり竹刀を握ることが無くなってしまった。

当然部活には所属しておらず、今のように学校が終わると早々に家に帰るという生活に身を置くことにしている。

一つには彼自身続けるつもりが無かったのと、もう一つには些末ながら家庭の事情というものがあった。

継嗣、という程大仰ではないのだが、彼は蓬真家の一人息子である。その為に家業を受け継ぐ責務があり、

最近は専らそれを主としているが為に、外の事をする余裕が無くなっているのである。

 科学が隆盛を誇る現代において、かねて古来より伝えられてきた異能の血脈は衰退の一歩を辿っている。

有名どころでは忍の一族と呼ばれる甲賀、伊賀といったものが既にその血を途絶えさせていた。

蓬真はそれらとは違い、その力を利用することによって生計をたてることを芳しとしなかった。

彼らが持つ力は西洋で謂うところの『魔術』に寄るものであった為に、他の家からも異質とされ畏怖されていた。

 「『降霊術の開祖』である初代・崩魔言真が確立した術式を後世に伝える」

それが蓬真の第一信条。




家に着いた舜夜は、いるはずの父親がいないことに気が付いた。ふと居間のテーブルの上を見ると、一枚の紙が置いてある。

 「悪い!さっき突然爺さんから連絡があってな、明日の夕方まで母さんと行ってくる。

取り敢えず、倉から何か参考になりそうなものを探して自主練でもしといてくれ。父より」

舜夜は握り潰し、跡形もなくなるほどにその手紙を燃やし尽くした。

「全く、こんなことなら奏の誘いに乗ってやるべきだったな…。まあ、今更どうするつもりもないけどさ。」

浅くため息を吐くと、舜夜は庭の端にひっそりと建つ倉に、ゆっくりと歩いていった。




 「汚ねぇ。まず整理しなきゃいけなんじゃないのか?」

倉に入った舜夜が見たものは、正確には倉を開けて見えたものは、引き戸ぎりぎりまでそびえ立つ本の山だった。

どれも長い間放置されていたせいでかなり埃をかぶっている。しかし、やっておけと書いてあった手前、文句は言ってもやらないわけにはいかなかった。

取り敢えず適当に5冊ほど見繕って、部屋で読むしかないか、と肩を落として巨大な山に挑んでいった。

 読めそうな本を4冊は見つけたものの、他はほとんど損傷の激しいものばかりで、読めたものではなかった。

今のところはこんなもんでいいか、と倉を出ようとしたとき、入り口のそばに一冊落ちていることに気付いた。

本としては明らかに異質で、輝くほどの白一色。

舜夜はしばしそれに見惚れた後、拾い上げて部屋に運んでいった。





 部屋に帰ると、舜夜は何をともなくその白い本を開いた。

「日本語…」

それは確かに日本語で書かれていた。古めかしい文章なのに、外装どころか内側までもが曇り一つなく純白。

しかし、今の舜夜にはそのような違和感など塵芥に等しい些事であった。初めの頁を開くと、半ば無意識に口が節を紡ぎ始める。

「天照らす恒白の光。久遠の闇と共に遍く混沌を闢き、又、其の祖と成るモノよ。」

次第に意識が朦朧としてくる。全身から力を奪われていく感覚に襲われ、膝から崩れ落ちそうになりながらも続ける。

…既に、舜夜の意識と体は乖離しかけており、自らが何か行っていることさえ、識ることができない。

「輪廻に矛盾す逆しき御霊よ。此度其の魂魄を再び輪廻の淵へと誘わん。我が命は蒼天に浮かびし月の意志。

答えしは蒼き月の守り手。汝、我に従え。さらば其の身に生が与えられんことを、斯の契約の下に」






―――――――――――――――――――――――――――誓う―――――――――――――――――――――――――――――――



 紡ぎ終わると同時に、舜夜の眼前を起点として、おびただしい力の奔流が巻き起こった。颱風の如き暴威を振るう力の激流が、

舜夜の体を壁まで弾き飛ばし、辛うじて残っていた彼の意識を容赦なく刈り取っていった。

 そして静かになった部屋には、舜夜ともう一人、未だ虚ろな目をして虚空を望み、竚む少女の姿があった。

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